『尾崎』という名の時代

(画像元:尾崎豊オフィシャルサイト

どこかの少年マンガで聞いたようなタイトルですが、ほんとにあったんです、そういう時代が。
彼が『カリスマ』だとか『教祖』『神』なんて呼ばれてた時代、僕は中学生でした。

一番多感で繊細、めんどくせー年頃のど真ん中に、あったんですよ、尾崎が。
僕にとって尾崎がどういう存在だったのか・・控えめに言って、青春そのものかな。

熱狂的なファンだったというわけでもないんだけど、いつも傍にあったなぁ彼の音楽が。
まぁ、そういうのを熱狂的なファンというのかもですが、僕の解釈はそういうのじゃないんだよなぁ。
ファンというか、生きる指針だったような気がします。

教師 vs 生徒

昔を知らない世代には想像もつかないだろうし、今もし同じことが起きれば・・いや、ありえんなw
もし同じことが起こったら学校運営が崩壊する。

今から20年、25年くらい前の頃だと<教師 vs 生徒>なんて構図の暴力沙汰なんて珍しくもなかった。
ちょっと荒れてるような学校だと日常茶飯事な出来事。
特に体育系教師と生徒の殴り合いなんか、最早ちょっとしたアトラクションだったよね。
僕世代のおっさんなんかが現代の学校問題をぬるく感じるのは、こんな時代を生きてきたからだと思います。
まぁ、現代の教育問題には『現代だからこそ』という闇を内包していることは承知していますが、今回はそんな話じゃないのでスルー。

で、こんな時代を共に歩んだ尾崎豊の音楽は、概ね当時の大人達に、特に教育現場では『有害な物』というレッテルを貼られていました。
理由はまぁ、歌詞の内容が若者の心を乱すとか非行に誘導しているとか、そんな感じの理由。
実際にそんな例も山ほどあったので社会問題にもなったんですが、まーひどかった。
僕の通ってた中学校は、当時としてもだいぶ荒れてたほうだったので、学校の先生は相当ヒステリックでしたねー、尾崎という名前に。

今でも鮮明に覚えていますが、僕の中学で卒業シーズンが近づいた頃、給食の時間に放送部の連中が、お決まりのアノ歌を流したんですよ。
最初は<放送部 vs 教師>の小競り合いだったんですが、この闘いはとんでもなく激化して、いつしか闘争は<生徒100名以上 vs 全教員>に発展。
次の日地元の新聞に記事が出るくらいの暴動になったよねー。
いやー、熱い時代だったなぁ、色々と。

音楽と人の繋がりが深い時代

1980年代、90年代ってのは、なんか魂に訴えかける系の歌手が沢山いた気がします。
というか、あの年代の頃の歌って、だいたいみんなそんな感じだった気がする。

あの当時はさ、誰でも携帯とか持ってるような時代でもなかったから、なんとなく常に感じてる孤独感とか寂しさとか、今よりももっと色濃くてね。
そういう隙間を埋めてくれたのが、その時代に活躍した歌い手たちだったんですよね。
自分の好きな歌手がね、優しく寄り添ってくれてるような気になったんですよ。
歌詞を通じてね『がんばれーがんばれー』って励ましてくれてるような感覚だったんですよねー。
そんな中で尾崎ってのは、僕にとってはにーちゃん、兄貴みたいな存在だったなぁ。
ちなみに、僕が中学から高校に入るかどうかくらいの頃が、ポケベル全盛期です。

現代の音楽を否定するつもりはありませんが、今ちょっと、そういう人は頭に浮かんでこないかなぁ。
なんかこう、心の根っこをグっと掴まれるというか、魂を揺さぶられるというか、ね。

    そんな尾崎も、いま生きてれば今年51歳。
もし今生きてたら、どんな歌を聴かせてくれたのかなぁ・・。

今日、4月25日は尾崎豊の、25回目の命日です。

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